NPO法人監獄人権センター

STATEMENT声明・意見書

名古屋入管被収容者の死亡事件の政府調査報告書についての意見書 入管被収容者に市民と同等の医療を受ける権利を保障するべきである

声明・意見書

NPO法人監獄人権センター

第1 調査報告書に対する分析の視座
ウィシュマ・サンダマリさんの名古屋出入国管理局収容施設における死亡に関する調査報告書が2021年8月10日に公表された。本件については今後、弁護団による訴訟手続きによって、詳しい経過が明らかになっていくことだろう。
監獄人権センターでは、同じ法務省管轄下の刑事施設や、警察組織内の留置施設の内部における死亡事案について、多くの事件の解決を支援してきた。名古屋刑務所事件、神戸拘置所事件などである。
また、監獄人権センターの活動を通じて、刑事施設の医療に関する事件、とりわけ重篤な疾患にり患している受刑者に関する執行停止申立事件も多数担当してきた。このような経験を踏まえて、政府調査報告書の分析、および入管収容施設というもう一つの拘禁施設内における医療の在り方に関する問題点を、簡潔に指摘しておくこととする。

第2 事件に内在する入管収容の根本的な問題点
1.入管法における全件収容主義そのものが根本問題である
入管収容施設における人権侵害等の問題については、監獄人権センターでは専門的な支援活動は行っていないが、本件における根本的な問題は、入管法が入管法違反の外国人を全件収容している点にある事は指摘できるし、仮放免の制度とその運用にも大きな問題があると考えられる。
この点については、恣意的拘禁ネットワーク、認定NPO法人ヒューマンライツ・ナウ、外国人人権法連絡会共同抗議声明「入管被収容者の死亡事件の政府報告書に対する抗議声明」が正しく指摘するところである。

2.報告作成主体の独立性の欠如と包括的な調査の未実施
出入国管理部長を責任者とする調査チームが取りまとめたこの調査報告書は、外部の意見をほとんど取り入れてないでまとめられている。また、被収容者、医師を含む職員の意見を直接に聞くようなアンケートなども実施されていない。
名古屋刑務所事件をうけて設置された行刑改革会議の過程では、このようなアンケート調査が実施され、委員による海外調査まで実施された。調査主体の構成と、その手続が極めて不十分である。
上川陽子法相は8月20日の閣議後記者会見で、出入国在留管理庁に「改革推進プロジェクトチーム」を設置したことを明らかにした。医療体制の強化など改善点の洗い出しを進め、再発防止策に取り組む方針とされる。しかし、チームは同庁の出入国管理部長をトップに約20人で構成されるとされており、「内輪の組織」と言わざるを得ず、部外の専門家などを委員とした行刑改革会議のような独立性が欠如している。

第3 被収容者に対する医療は一般国民に対するものと同等でなければならない。
被収容者処遇規則第30条は、「所長等は、被収容者がり病し、又は負傷したときは、医師の診療を受けさせ、病状により適当な措置を講じなければならない。」と定めている。
また、刑事収容施設においては、2006年に制定された刑事収容施設および刑事被収容者処遇法が、その56条において、「社会一般の保健衛生及び医療の水準に照らし適切な保健衛生上及び医療上の措置」を、刑事被収容者に対して保障している。医療における施設の内外における同等性の基準が、刑事収容施設医療の根本原則として定められているのである。この基準は,2015年に国連総会で採択された新たな被拘禁者処遇最低基準規則(ネルソン・マンデラ・ルールズ)(規則24)と同じレベルの法的な保障となっている。
名古屋刑務所事件を受けてまとめられた行刑改革会議の提言においても、「被収容者に対しては,国は,基本的に,一般社会の医療水準と同程度の医療を提供する義務を負い,そのために必要な医師,看護師その他の医療スタッフを各施設に配置し,適切な医療機器を整備し, 被収容者が医師による診療を望んだ場合には,合理的な時間内にこれを提供する責任を負う」との考え方が,刑事施設における医療の基本原則として確認された。
刑事犯罪に問われた未既決の被拘禁者に対して保障されるこのような人権保障のレベルが、入管収容の場合にも同等に保障されるべきことは言うまでもない。

第4 簡単に医療にたどり着けない、現行医療システムそのものが根本から見直さなければならない
1.報告書がまとめている入管収容施設における医療システム
調査報告書は、施設内の医療実施までの手順と運用について次のように認定している。これだけ煩雑な手続きを経なければ、医師による医療を受けることができないシステムとなっていたのである。

「庁内診療までの手順(被収容者から体調不良の訴え(前記c)があった場合)庁内診療までの手順は,以下のような流れとなっていた。
①被収容者による体調不良の訴え(申出)
②看守勤務者による救急常備薬服用の意思確認
③看守勤務者によるカウンセリングメモの作成・交付
④看護師等による健康相談
⑤看護師等による診療対象者のリストの作成・交付
⑥被収容者による被収容者申出書(診療)の提出
⑦庁内医師による庁内診療の実施
すなわち,被収容者から体調不良の訴えがあった場合(前記①),その訴えを受けた看守勤務者は,訴えの内容や被収容者の体調等を考慮して,必要があれば救急常備薬の服用を促すなどしていた(前記②)。その後,看守勤務者は,当該被収容者の体調の変化やその動静等に注意を払い,これらから当該被収容者について診療が必要であると判断した場合には,被収容者名,申出日,申出の内容及び救急常備薬による対応の有無等を記載したカウンセリングメモ21と題するメモ(以下「カウンセリングメモ」という。)を作成し,通常,申出の当日又は翌日の朝には看護師等の診療室の職員に交付し,健康相談を依頼していた(前記③)。なお,被収容者から体調不良の訴えがあり,その症状から被収容者自ら診療の申出をすることが困難な場合や被収容者から自発的な診療の申出がない場合などもこれに当たる。処遇規則第14条。20処遇規則第30条,第41条。名古屋局被収容者処遇細則第34条,第51条。
このカウンセリングメモの作成に関する根拠規定等はなく,処遇部門の運用において,看守勤務者らが連絡用のメモとして作成していたもの。
早期の対応を要すると判断される場合などには,カウンセリングメモの作成・交付をせず,看守勤務者が口頭で診療室の職員に対し,健康相談を依頼することもあった。
看護師等は,通常はカウンセリングメモを受領した当日,遅くとも数日中に健康相談としてのカウンセリングを行う(前記④)などして庁内診療の要否を検討し,必要と判断した場合には,診療室の職員において,診療等22を受ける被収容者を収容区ごとに記載したメモ(「リスト」と呼称されていた。以下「リスト」という。)を作成して処遇部門の事務室に交付し(前記⑤),リストに記載された被収容者から被収容者申出書を徴するよう依頼していた。
リストは,処遇事務室から各看守勤務者に共有され,当該被収容者は,被収容者申出書に庁内診療を希望する旨記載して,看守勤務者に提出していた(前記⑥)。そして,当該被収容者申出書について,首席入国警備官の決裁を経た上で,庁内医師の勤務日にその診療を受けさせていた(前記⑦)。

2.医師の判断に初歩的なミス
また、このような手続きを経たうえで診療を行った医師の判断においても、初歩的ともいえるミスが指摘できる。医師の一人は精神科の受診を勧めたという。確かに、食欲の不振や身体の衰弱が自律神経の異常を原因とすることはありうるが、全身の状態が極度に悪化して自立歩行もできなくなっていたウィシュマさんに対して必要な医療措置は、何を置いても点滴投与であり、胃腸の衰弱の回復だったはずである。精神科医療はその次の段階で検討すべきものであることはあきらかで、このような常識的な医療判断ができない医師しか配置できていなかった点も大きな問題である。

3.システムそのものを根本的に見直す必要がある
調査報告書は、「医療体制が不十分であった」と認定してはいるが、何が不十分であり、どう改めるべきかが書かれていない。調査報告書は、先に指摘したような複雑な手続きを経なければ医療にたどりつけない異常な体制そのものを問題にするのではなく、これを所与のものとしたうえで、それぞれが適切な判断であったどうかを論じている。このこと自体が、問題である。
前項において述べたように、本来、人の自由を奪う施設内においても、人は一般と同様の医療を受けられるのが基本であり、自分の体が異変を起こしており、医療が必要だと本人が考えたなら、速やかに医師による診療が受けられることが基本のはずである。
名古屋入管局においては、週2回、2時間勤務の非常勤内科医しか確保できず、ウィシュマさんの死亡時に医療従事者は不在であつた。本年1月から嘔吐を繰り返していたウィシュマさんは、外部の医療機関での受診や点滴の投与を再三求めていたが、実現していなかった。外部医療機関における診療は2月にようやく実施されたものの、点滴などの効果的な医療は提供されず、胃腸薬の処方と補水液の提供にとどまり、悪化した全身状態の改善には程遠い、全く不十分なものであった。
ウィシュマさんの要望は施設幹部に届かなかったとも指摘されているが、基本的な医療の知識がない幹部に適切な判断を期待する方が間違いであり、医師の診療が速やかに受けられ、医師の判断によって、外部病院への移送などの医療措置が取られる体制が必要不可欠であった。
刑事施設においては、常勤医が雇用されることが必要とされている。もちろん、常勤医は常に刑事施設内に滞在しているわけではなく、医療の空白が生ずる危険性はある。しかし、曲がりなりにも多くの刑事施設の常勤医師は、被収容者の健康に対する責任を負わされていることを自覚しているはずである。同じ拘禁施設である留置施設においては、常勤医師はおらず、嘱託医による医療が提供されているだけであり、実質的には常時の医療空白に近い。
入管収容施設においても、週2回2時間ずつしか来ないような非常勤医師ではなく、常勤医を確保し、その医師が、施設全体の被収容者の医療と健康に責任を持つ体制を明確にするべきである。そして当然のことながら、医師の判断だけで速やかに医療が提供できるような法制度とすべきである。
調査報告書においては、緊急時に被収容者を外部移送するかどうかの判断までもが、基本的な医療の知識がない入管施設幹部に委任されていることが明らかとなった。刑事施設においても、緊急時の対応は最終的には所長が判断するものであるが、刑事施設の医師が、外部医療が必要と判断すれば、それが阻まれることは考えにくい。入管施設においても、緊急時はなおさらのこと、医療の知識がない者に医療の必要性についての判断をゆだねる事は改めるべきである。

第5 施設内医療の所管を法務省から厚生労働省に移管するべきである
1.施設内医療の厚生労働省所管への移管を
監獄人権センターや日弁連は、刑事施設における医療について、法務省の所管から厚生労働省の所管に移すことが必要であると提言してきた。具体的には、「刑事施設内医療を、施設内に置かれた一般医師によって構成される外部医療機関の出張所に委ねるべきである」との改革プランを提案してきたのである。
実は、このような改革は、PFIによって設立された社会復帰支援センターなどのいくつかの刑事施設では実現しており、このような施設では、医療に関する被収容者の不満は著しく減少している。
今回の事件は、入管収容施設においても、このような制度を確立するという医療改革が必要であることを示唆しているように思われる。

2.施設職員の被収容者に対する視線
調査報告書に関する報道においても、繰り返し報じられたことではあるが、施設職員による、ウィシュマさんら入管被収容者に対する「視線」が、もう一つの根源的な問題である。
 死亡の5日前の3月1日、カフェオレを飲み込めず、鼻から出したウィシュマさんに対して、看守1名が「鼻から牛乳や」とからかった。さらに死亡当日の3月6日朝、抗精神薬を服用し、うめき声をあげていたウィシュマさんに対して、看守1名が「ねえ、薬きまってる?」と述べたという。どうしてこんなにひどいことが言えるのだろうか。
調査報告書ではこれらの点について、「体調不良の訴えは仮放免許可に向けたアピールではないかと認識していた 職員がいた」と認定している。
この問題は、刑事施設における「詐病問題」と共通する問題である。職員の「被収容者を人として見ない視線」こそが、彼女を死に追い込んだ根源だといえる。この点については、職員に対する人権研修の強化が必要であることは言うまでもない。

3.施設内医療を外部委託すれば、医療の歪んだ構造も克服される
しかし、先に提言したように、施設内医療を外部医療機関に委託すれば、被収容者は医務診察の希望を提出した段階から、施設職員ではなく、普通の医療機関に医療を受けるために来た市民として、その医療機関のスタッフの対応を受け、一般の病院の患者と同等の扱いを受けることがでるようになるのであり、問題の大半は解決するのである。
現実に、このような改革を行ったイギリスやフランスの刑事施設、日本におけるPFI刑務所などにおいては、被収容者の医療に対する不満は顕著に減少している。
初めに指摘したとおり、入管収容においては、全件収容主義の見直しが急務であるが、入管収容施設が続いていく限り、その場における医療の必要性はなくならない。ウィシュマさんの悲しい事件をきっかけとして、入管被収容者が市民と同等の医療を受ける権利を保障されることを確立するような制度改革を行うべきである。

<参考>
「名古屋出入国在留管理局被収容者死亡事案に関する調査報告」(2021年8月10日)の概要と本文は、出入国在留管理庁のホームページで公開されている。
https://www.moj.go.jp/isa/publications/press/01_00156.html

恣意的拘禁ネットワーク、認定NPO法人ヒューマンライツ・ナウ、外国人人権法連絡会共同抗議声明「入管被収容者の死亡事件の政府報告書に対する抗議声明」(2021年8月17日)
https://naad.info/joint_statement210817/

以上

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