日本版DBS法案について熟議と修正を求める声明
2024年5月29日
NPO法人監獄人権センター
政府が今国会に提出している「学校設置者等及び民間教育保育等事業者による児童対象性暴力等の防止等のための措置に関する法律案」(日本版DBS法案)は、5月22日衆議院特別委員会で採決され、23日の本会議で賛成多数で可決され、参議院に送付された。今国会で成立する見通しと伝えられる。
法案は、国が所管する性犯罪歴をデータベース化したシステムを活用して、学校や保育所、幼稚園、児童養護施設などの雇用者に、就労希望者の犯罪歴照会を義務付ける。学習塾の利用は任意とし、事業者が国から認定を受ければ義務化される。照会の対象となる性犯罪の種類は、裁判所で有罪判決が確定した強制わいせつなどの刑法犯のほか、痴漢や盗撮など自治体の条例違反の罰金刑なども含まれる。
照会される期間は拘禁刑が刑の執行終了から20年、罰金刑以下は10年とし、既に働いている人も照会の対象となる。
さらに、初犯を防ぐための措置も取ることとされ、照会システムを利用する学校や認定事業者には、職員への研修、危険を早期に把握するための児童らとの面談、相談しやすい環境の整備などが義務付けられる。
子どもを被害者とする性犯罪は、その被害が深刻であり、過去に事件を引き起こした者が、受刑後に同様の職業について再犯を犯した事例も報告されており、再発防止の対応が求められていることに異論はない。
しかし、このような措置は、刑法第34条の2第1項(刑の消滅)よりも長い期間にわたって、刑の言渡しによる不利益を課すこととなるのであり、刑罰制度の根本にかかわる問題をはらんでおり、その方法については、慎重かつ冷静な議論が必要である。
立憲民主党の城井崇氏は質疑において「最優先で性犯罪から子どもたちを守ることが重要な一方、犯罪歴は本来、厳重に秘匿すべき情報で、職業選択の自由やプライバシーという重要な憲法的価値に関わる制度を運用する自覚を持つ必要がある」と指摘している。
日本版DBS法案が参考にしたとされる、イギリスのDBS制度(Disclosure Barring Service)は、DBSという公的機関が性犯罪歴を管理し、事業者からの照会を受けて、DBSが就業希望者に「無犯罪証明書」を送付し、就業希望者がこれを事業者に提出する仕組みである。
これに対して、日本版DBS法案では、学校設置者等及び民間事業者に前科確認義務を課し、その前科を照会させ、その通知を、就業希望者本人だけでなく事業者等にも直接交付することが可能となっている。前歴の通知を受けた事業者等には守秘義務が課されるが、イギリスの制度と比較しても、情報漏えいのリスクが懸念される。
衆議院における付帯決議では、「犯罪事実確認の方法については、イギリスで採用されている第三者機関「Ofsted」による確認の仕組みも参考にして、学校設置者等及び認定事業者への犯罪事実確認書の交付が不要となる仕組みを検討すること。」とされている。イギリスでは、子どもと関わる職業に就こうとする者は教育水準局(Ofsted/office for Standards in Education)に「無犯罪証明書」を提出し、登録することで就労が可能となる仕組みとされている。
私たちは、この付帯決議が提起する仕組みについて検討を急ぎ、参議院において、この方向で法案の修正を図るべきであると考える。
提案されている法案のままで制度をつくることは、情報漏えいの危険性と相まって社会的な排除の仕組みを作ることにつながり、罪を犯した者の更生への意欲を挫いてしまう危険性がある。
子どもを対象とした性犯罪を犯した者も、「性犯罪再犯防止プログラム」等を受けることで犯罪行動の捉え直しを行い、再犯リスクが著しく低くなる場合もある。衆議院における付帯決議も「性犯罪の加害者の再犯防止等に資するためにも、性嗜好障害の治療等のデータの蓄積など、科学的根拠の構築に必要な調査研究を進めること。また、加害者の改善更生及び社会復帰を支援するため、認知行動療法に基づく治療的支援を強化し、加害者更生プログラムの充実を図るとともに、加害者の受講を促進すること。」が採択されている。
ところが、現在の法案のままでは、再犯リスクが著しく低い者も、長期間にわたって、一定の職業から排除されてしまうこととなる。このような社会的排除の仕組みをつくることは、改正刑法の理念に反する面があるといわざるを得ない。
法案は、子どもたちを性犯罪から守るという非常に重要な目的があるとしても、「加害者の社会復帰」という改正刑法の理念・目的との間での適切なバランスを欠いてはならない。
2021年3月に京都で開催された第14回国連犯罪防止刑事司法会議(京都コングレス)では、「加害者の社会復帰を促進するためにコミュニティにおける更生環境を推進する」ことが盛り込まれた京都宣言が採択された(同宣言パラグラフ38)。日本政府は本年5月に開催された国連犯罪防止刑事司法委員会においても、かかる京都宣言の意義を再確認する決議案を提案している。
限られた犯罪制度であるとしても、その社会復帰を困難にする本法案は、日本政府が国際社会に向けて表明している加害者の社会復帰支援という姿勢と相反する面を有している。
私たちは、子どもたちの権利保障と受刑者の社会復帰という二つの目的を満たし、人権侵害の危険性がすくなく、より適切な制度の実現を図るため、参議院においては慎重に審議し、すくなくとも、上記に述べた点について、必要な修正を図ることを強く求めるものである。
以上