大阪刑務所熱中症死亡事件に関する声明
2010 年8月25日
NPO法人監獄人権センター
代表 村井敏邦
事務局長 田鎖麻衣子
1 報道等によれば、本年7月17日、大阪刑務所において、保護室に収容中であった60代の男性受刑者が死亡した。死因は熱中症とみられている。男性は、大声を出すなどしたために15日午後、保護室に収容された、とされている。17日は朝から水分を摂らず、また昼食もとらず、午後4時ごろ、刑務官が巡回した際、うつぶせで倒れているのに気付いたが、刑務官の呼び掛けに反応せず、既に意識がなかったという。なお刑務所側は、保護室内にはエアコンが設置されており、室温は24~26度に設定され、男性は水分もとっており、健康診断でも問題はなかった旨、発表しているもようである。さらに、8月4日には、高知刑務所において40歳代の女性受刑者が熱中症の疑いで死亡した。この受刑者が保護室に収容された事実があったか否かは定かでないが、同月1日に熱中症でいったん緊急搬送された経緯があったという。いずれにしても緊急搬送後は刑務所に戻されている事実に照らせば、その後の医療措置が適切になされていれば死亡に至ることはなかったと考えられる。これらの悲惨な事案から指摘できるのは、保護室収容自体の問題点、および、刑事施設全般に関わる非人道的な保健衛生・医療体制の不備である。
2 保護室は、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律第79に規定され、被収容者に自傷・他害のおそれがある場合や、刑務官の制止に従わず大声・騒音を発するとき、施設の設備等を損壊・お損するおそれがあるときに、刑事施設の長の命令により収容することができる、特殊な構造の施設である。すなわち、自殺等を防止するという観点から、窓は採光用のガラスブロックがあるのみで密閉された空間となっており、あらゆる突起物がなく、トイレも洗面台も床に埋め込まれ、注水や排水の操作を被収容者自らが室内で行うことはできない。摂取できる水分は、食事の際に提供される水・麦茶等、そしてペットボトルに入れられた水に限られる。もちろんペットボトルの水がなくなっても、被収容者が自由に補充することはできない。こうした保護室の有する危険な性格から、法は、収容に際しては、刑事施設の職員である医師の意見を聴くように定めているが、直接の診察が要件とされていないため、職員からの電話による問い合わせを受けて、医師が保護室収容に差し支えなしとの意見を述べているのが実態である。
今回の事案では、男性受刑者が意識を失い倒れる以前に、少なくとも大声を発する状態ではなくなっていたと考えられ、その時点で直ちに保護室収容が解除されなければならなかった。意識を失った状態に至るまで収容を継続していたこと自体が、違法である。また、死亡した17日は日曜日であったことからも、漫然と収容を継続していたのではないかとの疑念を払しょくしえない。さらに、保護室収容に際して、医師がどのような資料に基づき、いかなる意見を述べたのかは全く明らかにされていないが、収容開始時から収容中に至るまで、医師が受刑者を直接診察した事実はないと推察される。
保護室(保護房)における熱中症での死亡事故は過去にも繰り返し生じている。1996年7月25日には松江刑務所浜田拘置支所において44歳の男性受刑者が熱中症により死亡(遺族が国家賠償請求訴訟を提起し、国の敗訴が確定)した。また本件と同じ大阪刑務所では、1995年8月に当時61歳の男性受刑者が熱中症で死亡しているほか、報道によれば、3年前にも熱中症による死亡事案が発生しているとのことである。これらの二事案が保護室(房)収容を機としたものか否かは明らかでないが、いずれにしろ、刑事施設における被収容者の身体の安全管理が、極めて軽視されてきた結果の惨事であることは間違いない。
3 また、刑事施設においては、冷暖房設備が設置されている場合であっても、冬季の北海道など例外的な場合を除き、被収容者の生活空間で設備が稼働されることはない。また、水の使用は保護室内に限らず極めて厳しく制限され、許可された範囲外の使用は懲罰の対象とされる。その理由はコストの抑制にある。冷房がなく、水も自由に摂取できない状況では、熱中症に至るのは当然である。逆に冬季には、寒冷地域ではなくとも凍傷となる事例が報告され、凍死が疑われる事案も発生している。
4 監獄人権センターでは、名古屋刑務所事件に端を発した受刑者処遇法制定作業の過程より、医師による意見の聴取は必ず診察を経たものでなければならないこと、また、保護室収容期間は無制限に更新が可能とされているが、これに上限を求めること、そして、保健衛生・医療体制の抜本的改革のため、刑事施設医療を厚生労働省のもとに移管すること等を求めていたが、これらが実現されることはなかった。
刑事施設において、被収容者の生命・身体の安全よりも、規律・秩序の維持とランニングコストの抑制を重視するという誤った姿勢が抜本的に改められない以上、同様の悲劇は不可避であるといってよい。再発防止のためには、刑事施設における保健衛生・医療をすべて法務省管轄から切り離し、厚生労働省の管轄下におき、社会一般における保健衛生・医療と同様の水準を確保することが必要である。
よって監獄人権センターは、法制定から5年目となる見直し時期を来年に控えた今、直ちに次の作業がなされることを求める。
(1)居室内の気温設定をはじめとする居住環境の整備、スポーツドリンクを適時適切に供給するなど、熱中症対策を徹底すること。
(2)2003年以降の死亡帳を精査し、刑事施設内における不審死事案、とりわけ保護室収容関連案件について徹底して調査すること。その際、必要があれば2003年以前の事案についても積極的に調査を行うこと。
(3)保護室収容の運用を直ちに改め、医師による事前および収容中の診察を義務的とすること。
(4)保護室収容につき定めた法第79条をはじめ、行刑改革顧問会議の活用等により、刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律の全面的な見直し作業を行うこと。
(5)上記と並行し、保健衛生・医療を厚生労働省下に移管するための検討・準備作業を開始すること。