NPO法人監獄人権センター

STATEMENT声明・意見書

小川敏夫法務大臣に対する要請書

声明・意見書

2012年1月16日

法務大臣  小  川  敏  夫  殿

〒101-0052 東京都千代田区神田小川町3-28-13-8F
菊田法律事務所気付
NPO法人監獄人権センター
TEL / FAX 03-5379-5055
代    表         村井敏邦
事務局長      田鎖麻衣子

要請書

第1 要請の趣旨
 1 国連拷問禁止委員会、国際人権(自由権)規約委員会による総括所見をふまえて、死刑制度に関して外部有識者等からなる調査会を設置し、死刑廃止に向けた調査検討を行うとともに、その間は死刑の執行を停止すること。
 2 刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律の規定とその運用の齟齬について調査を行い、行刑改革会議提言の理念に則った刑事被収容者処遇改革を行うこと。
 3 無期刑受刑者の仮釈放制度を見直し、受刑者自身に審査請求権を付与すること。
 4 罪を犯した人の更生と円滑な社会復帰を促進する施策の拡充を図ること。
 

第2 要請の理由

 日本の刑罰・刑事拘禁政策は、長年にわたり国際人権基準に照らし厳しい批判にさらされてきました。2009年の政権交代により、わが国の人権状況を国際水準へと引き上げる大きなチャンスが到来したものと、当センターとしても心より期待しましたが、残念ながら大きな進展がみられないまま、2012年を迎えました。もとより、わずかな期間で容易に成果が出せるほど、法務行政が直面する課題は容易なものではないことは、十分に承知しております。しかし、近時の法務行政をみるにつけ、政権交代の効果が発揮されず、改革に向かう姿勢そのものに疑念を抱かざるをえない場面も生じています。引き続き課題が山積する状況において、実現に向けてぜひとも優先的に取り組んで頂きたい事項を以下に掲げます。

1 死刑廃止を検討する死刑制度調査会の設置と死刑執行の停止
当センターは、アムネスティ・インターナショナル、国際人権連盟(FIDH)、世界死刑廃止連盟(WCADP)といった国際人権NGOとともに、日本の死刑問題につき、国連条約機関をはじめ国際社会に正確に伝えるという重要な活動を担ってきました。死刑の問題が、今や日本が抱える最大の人権問題であることは、国際社会の常識です。国連の条約機関や人権理事会による勧告においても、死刑執行の停止と、死刑廃止に向けた措置をとることが繰り返されております。また、飯塚事件の例にみられるように、誤った死刑執行の可能性を完全に断つ必要もあります。

2010年7月に千葉景子法務大臣(当時)による死刑執行がなされた後、同年8月から、法務省に死刑の在り方に関する勉強会が設置され、会合が重ねられてきました。しかし、残念ながらこの勉強会はあくまで省内のものであり、平岡秀夫前法務大臣らの努力にもかかわらず、死刑制度における具体的な問題点の指摘や、死刑制度に関する国民的議論の喚起には至らないまま、今日を迎えています。たとえば、千葉大臣はその在任中、すべての死刑確定者の精神状態を調べるように指示し、広範囲に精神鑑定が実施されたものの、心身喪失に該当するケースはなかったと報道されています(2011年2月11日付朝日新聞)が、その具体的な内容は明らかにされず、その後の議論にも活かされていません。ところが、その後も、心神喪失を理由として死刑執行停止を求める人権救済申立が、日本弁護士連合会になされているなど、死刑確定者の精神状態をめぐる問題は、依然として解明されないままです。死刑制度を運用する法務省内部の勉強会において、知識と理解を深めることには限界があります。今こそ、外部有識者等からなる調査会を設置する必要があります。

また、名称および形態のいかんをとわず、死刑制度の在り方について検討を進める一方で死刑の執行を継続することは背理です。大臣は、就任時の記者会見において、「大変つらい職務ではあると思いますが、私はその職責をしっかりと果たしていくのが責任である」「議論が必要だから、議論しているから、職責を果たさないということではなくて、やはり、職責そのものが辛い職務であるとは思いますが、果たすと考えております」と発言され、死刑執行に前向きな姿勢を示すと同時に、死刑制度に関する議論と執行問題とを切り離す意向を強調されました。さらに、その後の取材に対して「(死刑を)執行する」と明言されたとも伝えられています。しかし、他の刑罰と異なり、死刑の執行のみが法務大臣の命令によるものとされたのは、死刑という究極の刑罰がもたらす結果の重大性に鑑み、その執行について法務大臣の高度な政治的判断を認めたものです。したがって、確定記録も検討しないうちに「執行する」と述べることは、むしろ職責の放棄ともいえます。さらに、死刑の執行を継続した状態で、制度についての冷静な議論はなしえません。死刑制度をトータルに見直す作業を開始し、その間の死刑執行を停止することは、喫緊の課題です。

日本が、2011年の終わりを死刑執行のない状態で迎えたことを、国際社会は大いに歓迎し、日本の新しい法務大臣の姿勢に対しては、かつてないほどの注目が世界中から集まっております。法務大臣におかれては、死刑の執行停止を今後も継続されるよう、強く求めます。

2 刑事被収容者処遇改革の遂行
刑事収容施設および被収容者等の処遇に関する法律(刑事被収容者処遇法)は、その附則により、施行から5年以内に見直しを行うことが求められていましたが、その見直し時期であった2011年、結局、改正は規則レベルのものに留まりました。

しかし、施行から年数を経るにしたがい、当初の新処遇法の理念を蔑にした実務が、各地の刑事施設でみられるようになり、大きな人権問題となっています。とくに、外部交通に対する制約は、受刑者のみならず死刑確定者に対しても法の趣旨を無にする取扱いが拡大しており、こうした実務の横行を許す法の規定自体を見直す必要性が高まっています。また、徳島刑務所暴動事件にみられるように、先般の法改正で改革が見送られた医療や懲罰制度、そして代用監獄制度など、積み残しの課題も多くあります。また、名古屋刑務所事件という悲惨な人権侵害を経てもなお、刑事施設職員による被収容者に対する暴行事件が後を絶たず、刑務官に対する人権教育の根本的な見直しも喫緊の課題です。

附則の文言にとらわれず、刑事被収容者処遇法の運用状況の調査を継続し、必要な法改正を行うべきです。

3 無期刑受刑者の仮釈放制度の見直し
現状の無期刑の実態は、すでに仮釈放の可能性をほとんど断たれた「終身刑」と化しています。社会復帰の適格がありながら、高齢で帰住先がないために、一生を塀の中で終える人も少なくありません。法務省における勉強会の結果を踏まえ、無期刑受刑者の仮釈放実態については情報公開が進み、仮釈放審査にも一定の改善が加えられましたが、無期刑受刑者に対する仮釈放審理を求める請求権の付与や、その請求にあたっては代理人弁護士の選任を可能とすること、審理手続を準司法化し公正さを高めるなどの改革については、まったく手つかずのままです。

また、死刑廃止の議論との関連においても、たとえば、仮釈放申請までの最低服役期間など、無期刑受刑者に対する仮釈放制度を新たな角度から議論することが必要と考えます。

4 更生と社会復帰のための施策
裁判員制度が実施され、市民の間でも、罪を犯した人の更生や社会復帰への関心が大いに高まってきました。その反面、更生・社会復帰に向けた刑務所内での処遇プログラムはいまだ内容・対象範囲ともに限られたものに留まっており、各施設に配置された社会福祉士等が果たす役割も限定され、本当に支援を必要とする人々のニーズには応じられていないのが実情です。更生と社会復帰のための支援は、罪を犯した人々が社会の一員としての生活を再建していくために不可欠のものであり、その結果として再犯も防止されるという極めて重要なものです。こうした目標および効果は、刑務所での処遇をいたずらに厳しく制限的にしたり、さらには厳罰化を進めることで達成されるものでは決してありません。

厳しい予算状況下ではありますが、必要な手当てをすることによって、必ずプラス効果が現れる分野であり、前向きな取り組みを進められるよう求めます。

以  上

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