-拷問禁止委員会の第2回政府報告書審査を受けて-被拘禁者の人権状況の改善と死刑制度・死刑確定者処遇の見直しを求める声明
2013年6月3日
NPO法人監獄人権センター
1 審査の概要
拷問禁止委員会は,拷問等禁止条約の実施状況に関する第2回日本政府報告について5月21,22日に実施された審査を踏まえ,2013年5月31日最終見解を公表した。拷問禁止委員会は,拷問禁止条約の実施状況を監視するために条約に基づき設置された条約機関であり,日本は,同条約の批准国として,委員会から勧告された点につき改善に向けて努力する義務を負う立場にある。
監獄人権センターは2007年の第1回審査の時に引き続き,第2回審査にも報告書を提出のうえ国連欧州本部(ジュネーブ)に代表を送り,委員会に対する働きかけを行い,審査を傍聴した。
公表された最終見解に取り上げられたテーマは,報道された戦時性奴隷制(いわゆる従軍慰安婦)を含む女性に対する暴力の問題だけでなく,代用監獄(代用刑事施設)とそこで行われる取調べ,出入国管理および難民行政,刑事拘禁施設における処遇,死刑制度,精神医療,国内人権機関,人権研修など多岐に及んでいる。勧告内容も,2007年の第一回審査における勧告を繰り返すだけでなく,懸念の内容も勧告もそれぞれ内容的に厳しい内容に高められている。
2 被拘禁者の人権状況について
まず,監獄人権センターとして特に力を入れた刑事施設の被収容者の処遇について13項で,次のように勧告した。
「拘禁状況を改善し,刑事施設の定員を増加させるための締約国の努力にもかかわらず,委員会は依然として次の点に懸念を有する(第 11条,第16条)
(a)女子刑務所を含む一定の施設における過剰収容
(b)拘禁施設内での医療への不十分なアクセスと医療スタッフの深刻な不足
(c) 刑務所において心の健康に関するケアが十分に提供されていないこと,及び精神疾患のある受刑者に対して独居拘禁が広範に使用されていること,それによって自殺企図のリスクが増加していることを示す報告
(d)第二種手錠や拘束衣などの拘束具の使用に関して,十分な保護手段及び監視メカニズムが欠如していること。
締約国は,以下の措置を講ずることによって,国連被拘禁者処遇最低基準規則に適合した形で刑事施設における拘禁条件を改善するための努力を強化するべきである。
(a)特に,非拘禁措置に関する国連最低基準規則(東京ルール)と女性被拘禁者の処遇及び女性犯罪者の非拘禁措置に関する国連規則(バンコクルール)に照らし,拘禁の代替としての非拘禁措置の広い適用を通じて,高い収容率を引き下げること
(b)自由を奪われたすべての人のために心身の健康に対する十分なケアを提供すること
(c)条約の下における締約国の義務を遵守するために,第二種手錠の使用と,その使用時間の長さを厳格に監視し,被拘禁者を拘束する器具の使用を完全に禁止することを検討すること」
被拘禁者の人権状況については,非拘禁措置の導入による過剰拘禁の克服,医療の改善,拘束具につき,その廃止を含む再検討が勧告された。いずれも日本の刑事施設の状況に即した的確なものである。
次に独居拘禁に関して14項では次のように述べている。
「委員会は,独居拘禁がしばしば期間の制限なく,広範囲かつ長期間にわたって使用され続けていること,及び,受刑者の隔離の決定は,施設の長の裁量に委ねられていることに,依然として強い懸念を有する。委員会は,刑務所の医師が,刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律の下で隔離された受刑者の定期的な医療上の検査に直接関与していること,このような実務が,受刑者の健康状態を守る上で主要な要素である,医師と患者の関係を悪化させる可能性があることを遺憾に思う (第2条,第11条,第16条)。
条約及び国連被拘禁者処遇最低基準規則の規定を考慮し,委員会は締約国に対し,以下の点を強く求める。
(a)独居拘禁は,厳しい監督のもとで最小限の期間,かつ司法審査が可能な状況での最後の手段に留まることを確実にするため,法律を改正すること。また,締約国は,隔離措置の決定のための明確かつ具体的な基準を確立するべきである
(b)独居拘禁の期間を通じて,資格をもった医療従事者によって被拘禁者の身体的および精神的状態について定期的に監視及び検査するシステムを確立し,そうした医療記録を被拘禁者とその弁護士に開示すること
(c)独居拘禁に付されている期間においても,被拘禁者にとって心理的に意味のある社会的接触の程度を引き上げること。
(d)現在行われている独居拘禁使用の実務について数値を出し評価すること。および,独居拘禁の使用とその条件に関する具体的で細分化された情報を提供すること。」
独居拘禁は人の肉体的,精神的健康を根底から破壊する危険性を持っている。監獄人権センターは,その設立の当初から独居拘禁に対する厳しい制限を強く求めてきた。資格をもった医療従事者によって被拘禁者の身体的および精神的状態について定期的な監視と検査のためのシステムを一日も早く実現しなければならない。
3 死刑制度と死刑確定者の人権状況について
次に委員会は死刑について15項において,次のように勧告している。
「委員会は締約国における死刑確定者の拘禁状況,とりわけ以下の点について,深い懸念を抱いている(第2条,11条,16条)。
(a)死刑確定者の執行を取り巻く不必要な秘密主義と不明確さ。超法規的,略式または恣意的処刑に関する特別報告者が述べているように,死刑確定者やその家族に対して死刑執行の日時の事前通知を拒否することは,明確な人権侵害である(E/CN.4/2006/53/Add.3,para.32)。
(b)死刑確定者に対して多くの場合長期間にわたり,そしていくつかの事例では30年をも超える期間,独居拘禁を用い,かつ,外部との接触を制限していること
(c)弁護士への秘密のアクセスが制限されていることを含め,弁護人による援助を受ける権利への妨害
(d)上訴の権利を行使せずに有罪となり死刑を科される被告人の数が増加していることを考慮し,死刑事件に義務的な上訴制度が欠如していること。
(e)2007年以降,恩赦の権限が行使されておらず,恩赦,減刑や刑の執行の延期を追求するための手続に透明性が欠如していること。さらに,委員会は,小林薫の事例(小林薫氏は二度にわたる再審請求が棄却され,3度目の再審請求を準備しようとしていた矢先の2013年2月に死刑を執行された。-訳注)におけるように再審手続きや恩赦の請求が死刑の執行停止につながらないことを深く遺憾に思う。
(f)心神喪失の状態にある死刑確定者の執行を禁止している刑事訴訟法479条1項に反して,藤間静波の事例におけるように,たとえその人物が裁判所によって精神疾患であると認定されていても,死刑が執行されたことについての報告があること。
委員会による前回の勧告(para.17)及び規約人権委員会の勧告(CCPR/C/GC/32,para.38),さらには超法規的,略式または恣意的処刑に関する特別報告者による報告(A/HRC/14/24/Add.1,paras.515以降)に照らして,委員会は,とりわけ以下の手段により,死刑確定者が条約により規定されたすべての法的保護手段と保護を与えられることを確実にするよう,締約国に強く求める。
(a)死刑確定者とその家族に,予定されている死刑執行の日時を,合理的な事前の通知を与えること
(b)死刑確定者に対する独居拘禁の規則を改訂すること
(c)手続のすべての段階において,死刑確定者に弁護人による効果的援助を保障し,かつ,死刑確定者とその弁護士とのすべての面会について厳格な秘密性を保障すること
(d)死刑確定者に恩赦,減刑,刑の執行の延期実際に利用可能とすること。
(e)第一審における死刑の有罪判決の効力を未確定とし,死刑事件に義務的な再審査の制度を導入すること。
(f)死刑確定者に精神疾患があることについて信頼し得る証拠がある場合は,その全ての事案について独立した検討を確実に行うこと。さらに,締約国は,刑事訴訟法479条1項に従って,精神疾患を持つ被拘禁者は執行されないことを確実にすべきである
(g)性別,年齢,民族性と犯罪の別により細分化された死刑確定者についての情報を提供すること。
(h)死刑を廃止する可能性を検討すること」
死刑制度を廃止する可能性についても検討するよう勧告した点は,第1回勧告にはなく,前回の最終見解より踏み込んだものと評価できる。
4 刑事司法制度とりわけ代用監獄制度と取調について
代用監獄制度については,10項において,日本政府による,同制度の廃止も改善も必要ではないとの立場を遺憾とし,(a)捜査と拘禁の機能の分離を実質的に確保するため立法その他の措置をとること,(b)警察留置場に拘禁可能な期間に上限を設けること,(c)起訴前の全被疑者に,取調べの過程を通じて弁護人との秘密のアクセス,逮捕時点からの法律扶助,事件に関する警察の全記録へのアクセス,(警察から)独立した医療を受ける等の権利を含め,基本的な法的保護措置を保障することを勧告した。その上で,我が国の法と実務を国際基準に完全に合致させるべく,代用監獄制度の廃止を検討するよう勧告している。
取調べと自白について,委員会は,11項において,日本の刑事司法制度が実務上,自白に強く依存していること等に深刻な懸念を表明し,拷問及び虐待により得られた自白が証拠として許容されないよう,具体的に以下の点を勧告した。すなわち,(a)取調べ時間の長さについて規則を設け,規則違反には適切な制裁を設けること,(b)自白を証明のための中心的な要素とし,これに依拠する実務をやめ,犯罪捜査手法を改善すること,(c)取調べの全過程の電子的記録を実施し,その記録を法廷で利用可能とすること,等である。
今回の審査では,モーリシャスのDOMAH 委員から「日本は自白に頼りすぎではないか。これは『中世』の名残である。」という手厳しい批判がなされた。自由権規約委員会は,2008年の最終見解で廃止を検討することを求めたが,拷問禁止委員会は,「自白に強く依存していること等に深刻な懸念」を表明し,代用監獄について「廃止」という言葉をはじめて用いた。
委員会は12項では,刑事施設および留置施設の被収容者からなされる不服申立について,その取扱いに特化した独立つ効果的な機関の設立を考慮するよう求め,公務員による虐待等の訴えについての迅速・公平かつ完全な調査に加え,事案の重大性により当該公務員の訴追と処罰を確実にすること等を勧告した。
5 結論
監獄人権センターは,委員会が詳細な審査に基づき,的確で詳細にわたる勧告をされたことに深く敬意を表する。日本政府とりわけ法務省はこれらの勧告の一つ一つを重く受け止め,誠意をもってその解決に向けて努力することを強く求めたい。
刑事拘禁の分野については,2005-6年の監獄法改正以来,刑事施設だけでなく留置施設や入管収容施設にもそれぞれ視察委員会が設立され,拘禁された環境における人権保障のためのセーフガードとして活動し,処遇の改善に取り組んできた。独立性,実効性や情報開示などにおいて視察委員会制度は未だ十分とは言い難く,問題は残るが,刑務官による暴行などの事件は減少しているし,仮に発生した場合も対応は迅速に行われるようになっている。進歩的な処遇が取り入れられたり,処遇の条件にも改善されてきた点が認められる。
しかし,拷問禁止委員会が今回の勧告で取り上げている,刑務所医療や独居拘禁に関する問題や死刑制度と死刑確定者の処遇をめぐる状況の改善は遅々として進んでいない。最近では,監獄法改正によって開かれた面会や通信などの外部交通の扉を狭めようとする動きも各地の刑事施設から報告されている。
監獄人権センターは,これらの勧告の実現に向け,政府とりわけ法務当局との対話を継続し,これらの課題の解決のために国内でも努力する所存である。