再犯の防止等の推進に関する法律案の一部修正を求める声明
2016年11月24日
NPO法人監獄人権センター
代表 海渡雄一
1 法案の概要と経緯
衆議院法務委員会において、11月16日自民党、民新党、公明党、日本維新の会の与野党の議員提案による「再犯の防止等の推進に関する法律案」が衆議院法務委員会で委員長提案され、11月17日,衆議院本会議において,与野党の議員提出による「再犯の防止等の推進に関する法律案」(以下「本法案」という。)が全会一致にて可決され,参議院に送付された。
その提案理由としては、政府において、再犯防止に関する基本的な法律を制定することの必要性が強く認識され、安全で安心して暮らせる社会の実現に寄与するため、再犯の防止等に関する施策を、国を挙げて推進するための法律を制定する必要があると考えられ、提案されたとされている。
法案は、第一に、この法律は、再犯の防止等に関する施策を総合的かつ計画的に推進することにより、国民が犯罪による被害を受けることを防止して、安全で安心して暮らせる社会の実現に寄与することを目的とすることとし、犯罪をした者等及び再犯の防止等について定義を設け、基本理念、国等の責務などについて定めている。
第二に、再犯の防止等に関する施策の推進の仕組みとして、政府が再犯防止推進計画を定め、省庁横断的に施策を行うこととするとともに、地方公共団体においても地方再犯防止推進計画を定めるべき努力義務の規定を設けている。
第三に、国民の間に広く再犯の防止等についての関心と理解を深めるため、7月を再犯防止啓発月間とし、その趣旨にふさわしい事業を実施するとしている。
第四に、再犯防止推進計画で定めることとされている項目に対応して、再犯の防止等に向けた教育及び職業訓練の充実、犯罪をした者等の社会における職業及び住居の確保等、再犯の防止等に関する施策の推進のための人的及び物的基盤の整備並びに再犯の防止等に関する施策の推進に関するその他の重要事項の四つの分野について、国が各種施策を行うべきことを定めるとともに、地方公共団体にも地方の実情に合わせて施策を行うべき努力義務の規定を設けている。
このように、この法案は、国の刑事司法を通じて再犯の防止を図るという重要な目的を担うべき法案であり、同法案の制定に努力された与野党の国会議員の努力には心から敬意を表するものである。しかし、議員立法の形式で提案されたために、法制審議会の審議はもちろん、政府によるパブリックコメントなども経ておらず、罪を犯した者の社会復帰に関わる弁護士会やNGOの意見が聞かれた経緯もない。法案において取り扱われている課題の重要性に鑑みるとき、より慎重な立法手続きが求められるものと考え、以下のとおり、誤った解釈や運用を招くことのないよう一部を修正のうえ、成立を求めるものである。
2 刑罰制度の根本的な目的について
まず第1に指摘しなければならないことは、法案の目的が混乱していることである。
再犯を防止していくことが望ましいことは私たちにも全く異存はない。しかし、この法案は、第1条の法の目的について、「国民が犯罪被害を受けることを防止する」「安心安全な社会の実現に寄与する」ことだけを目的とし、「円滑な社会復帰」はそのための手段として位置づけられている。しかし、このような定め方で良いかには、根本的な疑問がある。
我々は、刑罰制度は、犯罪への応報であることにとどまらず、罪を犯した人を人間として尊重することを基本とし、その人間性の回復と、自由な社会への社会復帰を目的とするものでなければならないと考える。刑罰の目的そのものが犯罪をした者の人間性の回復と社会復帰を目的とすることを明らかにするため、「犯罪をした者の人間性の回復と円滑な社会復帰を促進すること」そのものを、手段ではなく法の目的として定めるよう法案を修正しなければならない。
例えば、法案第1条は次のように改めるべきである。
「この法律は、再犯の防止によって、犯罪の発生を減少させることが、国民が犯罪による被害を受けることを防止し、安全で安心して暮らせる社会の実現に寄与することに鑑み、国民の理解と協力を得つつ、再犯の防止等に関する施策に関し、基本理念を定め、国及び地方公共団体の責務を明らかにするとともに、再犯の防止等に関する施策の基本となる事項を定めることにより、再犯の防止等に関する施策を総合的かつ計画的に推進し、もって犯罪をした者等の人間性の尊重と円滑な社会復帰を促進することを目的とする。」
この点は、再犯防止対策の原則に関わることであり、法立案者においても、異論のないところと考えられるので、是非とも法案を修正していただきたい。
3 犯罪をした者等の定義をめぐって
第2に、犯罪をした者等の定義があまりにも不明確であり、指導と支援の区別があいまいであることが問題である。
本法案第2条第1項の定める「犯罪をした者等」の定義が不明確であり,本法案第3条第2項は,犯罪をした者等に対して,拘置所や少年鑑別所等未決拘禁段階の施設に収容されている間のみならず,社会に復帰した後も途切れることなく必要な指導と支援を受けられるようにすることを定めている。この「指導」の趣旨は,仮釈放された者等に対して保護観察を通じて指導することと解されるが,未決の者や刑を終えた者を対象として「指導」を行うこともできるように読める。
また,本法案第21条の「指導」についても,「矯正施設における処遇を経ないで,(略)社会内において指導」を受ける対象者は保護観察付執行猶予者を,「一定期間の矯正施設における処遇に引き続き,社会内で指導」を受ける対象者は仮釈放された者を意味するものと考えられるが,家裁送致前の少年や起訴猶予処分を受けた者や満期出所者にも一定の法的な指導がなされるように解釈できる。
しかし、未決の者に対する「指導」は明らかに無罪推定を受ける地位と矛盾する。
刑事被収容者処遇法31条は、「未決被拘禁者の処遇に当たっては、未決の者としての地位を考慮し、その逃走及び罪証の隠滅の防止並びにその防御権の尊重に特に留意しなければならない」と定めており、「未決の者としての地位」が無罪推定を受ける地位であることは、当時の法務省立案担当者の書かれた注釈書(※1)にも明記されている 。そして、このことは国連被拘禁者保護原則36条1項にも明記されている。
また、刑を終えた者等に対する「指導」は満期出所者まで社会内で監視を行う制度につながりかねない。従来の実務においても、刑期を終えた者に対する「指導」が観念されたことない。むしろすべての出所者に仮釈放の機会を保障し、一定の期間法的に指導し、完全な刑の終了を迎えるようにすべきことが提唱されていたが、これは刑を終えた者に対する指導はあり得ないという法的理解が共有されていたからにほかならない。
戦前においては、刑を終えた者についても、予防拘禁を継続できる制度が存在し、深刻な人権侵害を引き起こしていた。
本法案の立案者がそのようなことを意図したとは考えがたいが、無用な誤解を生まないよう、未決の者と家裁送致前の少年、刑を終えた者等に対しては「指導」は行わず「支援」にとどめるように法案を明確に修正すべきである。
4 本人の自覚は環境整備から生まれる
第3に、法案3条3項は、犯罪をした者の責任の自覚、被害者への理解、自ら社会復帰のために努力することが定められている。そのこと自体に異論はなく、3条1項で、職業に就くこと、住居を確保することができないことなどによって、円滑な社会復帰をすることが困難であることは正しく指摘されている。しかし、環境の整備が重要であり、そのような施策の充実によって本人の自覚、理解も進むと考えられる。
この3条の3項は1項は統一的に読まれるべきであり、このことを法案の趣旨として質疑を通じて、明確にしておく必要があると思われる。
5 幅広い民間団体との協力を確認して欲しい
第4に、5条2項で民間団体との連携協力、3項で情報提供が規定されているが、この民間団体に入り口支援・出口支援に積極的に取り組んできた弁護士会や民間において社会復帰に取り組む官民の幅広い市民の取り組みが含まれるべきである。
とりわけ、元受刑者らも関わる社会復帰支援団体については、矯正施設によっては、受刑者との外部交通を制限するような動きも見られた。しかし、真に社会復帰を支援する動きが元受刑者を含めて取り組まれることは、諸外国においても決して珍しいことではない。
以上の点を、法案の審議において明らかにしていただきたい。
6 本法案については一部修正の上で成立を求める
最後に、同法案の制定に努力された与野党の国会議員の努力に感謝するとともに、この法案が国の再犯防止にかかわる基本的な制度を定める重要な法律案であることから、罪を犯した者の社会復帰に関わる専門家を招致した参考人質疑など十分な時間をかけた審議を行い、上記の二点については、誤解のないように修正されるように求める。
また、政府に対しても、これまでにもまして、罪を犯した者の社会復帰そのものを重要な政策目的に明確に位置づけ、そのための大胆な財政措置が講じられることを願って、以上のとおり声明する。
※1 林真琴ほか「逐条解説刑事収容施設法」93ページ