刑事施設等における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大を防止し被収容者等及び職員の安全確保を求める声明
2020年4月28日
NPO法人監獄人権センター
国内における新型コロナウイルスの感染拡大が続くなか、渋谷警察署の留置施設や東京拘置所では被留置者・被収容者(以下、「被収容者等」という)の感染が判明し、大阪拘置所、月形刑務所では刑務官の感染が明らかとなった[1][2][3][4]。
刑事施設・留置施設は密閉された環境であるうえ、被収容者等と刑務官・留置施設職員は、密接した環境に日々置かれている。このため、新型コロナウイルス感染のリスクは高く、国連人権高等弁務官事務所も、受刑者をはじめ自由を奪われた人々が高い感染リスクに晒されているとして、警鐘を鳴らしている[5]。
刑事施設・留置施設において爆発的な感染拡大が生じた場合、被収容者等のみならず、刑務官などの刑事施設職員、警察官などの警察署職員の健康・生命をもおびやかすことになる。施設内における感染を防止し、彼らの健康・生命を守るためには、被収容者等の人権を尊重しつつ、徹底した感染防止策を講じる必要がある。
そこで当センターは法務省、警視庁、警察庁等関係官庁に対し、早急に以下の措置の導入を求める。
1.勾留取り消しや仮釈放制度を柔軟に活用した被収容者等の釈放
2.電話等の代替手段による外部交通の確保
3.感染者に対する適切な医療の提供と感染の拡大防止
詳細は、下記のとおりである。
1.勾留取り消しや仮釈放制度を柔軟に活用した被収容者等の釈放
刑事施設等における感染拡大を防止するため、被収容者等の一部を釈放し、施設内の人口密度を下げることが効果的である。具体的には、有期刑の3分の1を経過し法律上仮釈放の対象となっている受刑者については可能な限り早期の仮釈放を実施し、逃走・罪証隠滅のおそれの低い未決拘禁者については勾留取り消し(刑訴法87条)を行うことで、釈放を推進することが法律上可能である。
国連人権高等弁務官事務所は、収容による感染リスクを軽減するため、軽微な犯罪で収容されている者や釈放の時期が近い者、基礎疾患のある者の釈放を検討するよう各国に求めており[6]、ヨーロッパ拷問防止委員会も早期の釈放や仮釈放などを各国に要請している[7]。こうした中、アメリカやイギリスでは感染の拡大を防止するため、実際に受刑者等の釈放が実施されているとの報道がなされている[8][9]。
わが国においても2011年の東日本大震災の際、福島地検いわき支部が、身柄の安全を優先して勾留中の被疑者十数人を処分保留で釈放した例がある[10]。刑事施設等における新型コロナウイルスのさらなる感染拡大が懸念される現在は、震災等の大災害に匹敵する状況であり、被収容者等や職員の健康・生命を守るため、被収容者らの釈放が検討されるべきである。
また、7人もの被留置者が新型コロナウイルスに感染し(4月18日現在)、留置施設の一時閉鎖に至った渋谷警察署では、2016年に被留置者1名が肺結核で死亡し、当該被留置者を担当していた職員を含む署員19名の結核集団感染が発生している。
当時、当センターが発表した声明[11]でも指摘しているが、警察留置施設には、非常勤も含めて医師その他の医療専門職員は配置されておらず、平常はおおむね1カ月に2回、外部の医師が健康診断を行う以外に、被留置者の健康状態を把握する手段がない。
医療体制が整っていない理由は、留置施設が本来、逮捕から勾留決定までの比較的短い期間に被疑者を留置する施設であるからに他ならない。裁判官による勾留決定後は、速やかに医師らによる医療体制が整っている刑事施設(拘置所)に被疑者を移送し、勾留決定後も刑事施設に代えて留置施設で勾留する「代用監獄」の取り扱いを廃止するべきである。しかしながら、「代用監獄」が廃止されていない現状においては、医療体制が脆弱な警察留置施設に収容されている被疑者・被告人の釈放を、真剣に検討する必要がある。
2.電話等の代替手段による外部交通の確保
法務省は、新型コロナウイルス感染防止のため、特定警戒都道府県に所在する刑事施設において、弁護人又は弁護人となろうとする者以外の者との面会を原則として実施しない措置を開始した。しかしながら、一般面会を原則的に禁止するのであれば、電話等による代替的な外部交通が確保される必要がある。
この点について世界保健機関は、面会を制限する場合は電話やスカイプなどによる代替手段が導入されるべきであると述べており[12]、ヨーロッパ拷問防止委員会も同様の指摘をしている[13]。
「刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律」では、刑事施設の長が受刑者に対し、必要と認める場合に電話等による通信を許すことができるとされている[14]。
特に、出所を間近に控えた被収容者にとって、出所後の社会復帰を支える家族や友人、身元引受人、雇用主、入所する施設担当者とのコミュニケーションは命綱であり、休止・断絶されてはならない。
また、日本郵便株式会社の発表によると、職員の新型コロナウイルス感染が確認された郵便局では、郵便業務を一時的に停止・縮小する措置が取られている[15]。これにより、信書によるコミュニケーションの運用に支障が出ている地域ではことのほか、電話等の通信によるコミュニケーション、安否確認が推奨されるべきである。
現在のところ、特定警戒都道府県の刑事施設における一般面会禁止措置の終了は、緊急事態宣言が終了する5月6日とされているが、国内の感染状況に改善が見られない場合は、現行の一般面会の原則禁止が長期にわたり継続する可能性も充分に予想される。外部交通に対する制限を長期にわたり継続することは、人道上許されるべきではない。したがって、当センターは、各刑事施設において電話による外部交通等の代替的措置が早急に実施されるよう求める。
3.感染者に対する適切な医療の提供と感染の拡大防止
法務省は、義家法務副大臣を座長とする「矯正施設感染防止タスクフォース」を本年4月13日に設置し、刑事施設における新型コロナウイルス感染症対策の「ガイドライン」等を作成すると発表した。今後も、刑事施設における新型コロナウイルスの感染拡大が継続する可能性も踏まえたうえで、「ガイドライン」の制作にあたっては、以下を検討することを求める。留置施設においても、同様の取り扱いが検討されることを要求する。
(1)公表
刑事施設において、被収容者の新型コロナウイルス感染が判明した場合は、さらなる感染拡大防止のために当事者の個人情報が特定されない範囲で、当事者の年齢、性別、症状、発症日、陽性判明年月日以降の経過(医療機関への入院や施設内での待機・療養等)、基礎疾患の有無とその詳細、感染経路について公表すること。
(2)適切な医療の提供
被収容者が新型コロナウイルスに感染した場合、軽症であっても本人の健康状態の把握を適切に行うとともに、適切な医療の提供を速やかに行い、重症化防止に努めること、さらに、軽症感染者が重症化した場合や重症感染者の発生を確認した場合は、保安・警備等の事情よりも被収容者の人命を第一に考え、外部の適切な医療機関への移送・入院の措置を速やかにとること。
厚生労働省及び日本医師会は、PCR検査で陽性が判明した軽症感染者のうち、「高齢者、基礎疾患がある者、免疫抑制状態にある者、妊娠している者」以外の感染者は、自宅又は宿泊施設での安静・療養が望ましいとしており、健康状態の定期的な把握については、「体温、咳、鼻汁、倦怠感、息苦しさ等症状の有無、症状の変化の有無、症状がある場合は発症時期、程度、変化」を1日につき1回聴取することを目安としている[16]。
刑事施設の被収容者がPCR検査の結果、軽症感染者であると判明した場合は、他の被収容者と接触しない単独室での安静・療養を行うものと考えられるが、その場合であっても医療従事者による緻密な観察を実施し、本人の健康状態の把握と医療の提供を適切に行い、重症化防止に努めることが重要である。
また、重症感染者に対しては、外部の適切な医療機関への移送・入院の措置を速やかに行うべきである。刑事施設では、医療の保安への従属(警備上の都合で外部の専門医の診療をなかなか受けさせない等)が従来から問題となっており、当センターでも改善を求めてきた[17]が、新型コロナウイルスの感染拡大が深刻化している現在の状況下でもそのような取り扱いが続くことは、絶対にあってはならない。
(3)感染の拡大防止
ウイルス除去のための手洗い、手指で触れる物品・設備等の消毒に加えて、被収容者のサージカルマスク(不織布マスク)着用を居室でも認めること。
厚生労働省が本年4月中旬以降、全国の全ての世帯に布マスク2枚を配布する「布マスクの全戸配布」を開始した[18]ことから、マスクの着用が新型コロナウイルスの感染拡大防止に有用であるという政府見解が示された。
現在、刑事施設における被収容者のマスクの着用については、認めるかどうかの判断が施設ごとに異なるが、一部の刑事施設では、冬期にインフルエンザの感染を防止するため、職員と被収容者がサージカルマスクを着用し、一定の効果を上げている[19]。
特に、密閉空間、密集場所、密接場面になりやすい共同室に収容される被収容者にとっては、飛沫によるウイルス感染を防止するため、マスクの着用は必要不可欠である。
刑事施設等において、新型コロナウイルスの集団感染がひとたび発生すれば、施設側の管理責任が厳しく問われるだけでなく、矯正処遇や刑事処分を適切に行うことが困難となり、我が国の刑事司法制度の運用に重大な影響を与えることとなる。
当センターは刑務所や拘置所、警察留置施設に対し、新型コロナウイルスの感染拡大防止に向け、適切な措置を講じるよう求める。
以上
[1]朝日新聞デジタル「渋谷署で留置中の5人感染 容疑者全員を原宿署に移送へ」(2020年4月18日)https://www.asahi.com/articles/ASN4L6TSNN4LUTIL029.html
[2] 産経デジタル「刑務官1人新たに感染大阪拘置所計8人に」(2020年4月17日)https://www.sankei.com/life/news/200417/lif2004170086-n1.html
[3]朝日新聞「東京拘置所で初の感染者 60代の被告 大阪では刑務官」(2020年4月11日)https://www.asahi.com/articles/ASN4C73RHN4CUTIL025.html
[4]日本経済新聞「北海道の刑務官が感染、刑務所で初」(2020年4月15日)https://www.nikkei.com/article/DGXMZO58086890V10C20A4CZ8000/
[5]OHCHR, COVID-19 Guidance “People in detention and institutions”. For the text, see the following website; https://www.ohchr.org/EN/NewsEvents/Pages/COVID19Guidance.aspx
[6]Ibid.
[7]CPT,“Statement of principles relating to the treatment of persons deprived of their liberty in the context of the coronavirus disease (COVID-19) pandemic” (20 March 2020).
[8]NHK「NYの刑務所でコロナ感染拡大 高齢の受刑者など300人釈放へ」(2020年3月25日)https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200325/k10012348861000.html
[9]BBC,“Coronavirus: Low-risk prisoners set for early release” (4 April 2020) https://www.bbc.com/news/uk-52165919
[10]日本経済新聞「震災で容疑者十数人を釈放 福島地検『身柄の安全優先』」(2011年3月19日) https://www.nikkei.com/article/DGXNASFK2900H_Z20C11A3000000/
[11]監獄人権センター「渋谷警察署での署員19名の結核集団感染に関して徹底調査と再発防止を求める声明」(2016年5月6日)http://www.cpr.jca.apc.org/archive/statement#1220
[12]WHO, “Preparedness, prevention and control of COVID-19 in prisons and other places of detention Interim guidance” (15 March 2020), p.9.
[13]Supra note 7, CPT’s Statement.
[14](電話等による通信)第百四十六条 刑事施設の長は、受刑者(未決拘禁者としての地位を有するものを除く。以下この款において同じ。)に対し、第八十八条第二項の規定により開放的施設において処遇を受けていることその他の法務省令で定める事由に該当する場合において、その者の改善更生又は円滑な社会復帰に資すると認めるときその他相当と認めるときは、電話その他政令で定める電気通信の方法による通信を行うことを許すことができる。
[15]日本郵便株式会社「日本郵政グループ社員の新型コロナウイルス感染について」(2020年4月10日)https://www.japanpost.jp/information/20200410_03.pdf
[16]厚生労働省「軽症者等の療養に関する対象者等の基本的考え方について」 https://www.mhlw.go.jp/content/000618529.pdf (2020年4月2日時点。今後変更される可能性はある)
[17]監獄人権センター「矯正医療の在り方に関する有識者検討会報告に関する声明」(2014年3月3日)http://cpr.jca.apc.org/archive/statement#1210
[18]厚生労働省「布マスクの全戸配布に関するQ&A」https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/cloth_mask_qa_.html
[19]刑政「刑事施設におけるインフルエンザの予防的・総合的対策」(2019年11月号)