刑事施設等における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のさらなる感染拡大防止を求める声明
2021年2月8日
NPO法人監獄人権センター
2020年4月以降、国内の刑事施設・警察留置施設における新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大が続くなか、横浜刑務所(2021年2月4日時点で感染者133名)、千葉刑務所(2021年2月5日時点で感染者90名(職員9名、受刑者80名、労役場留置者1名))、函館少年刑務所(2021年2月5日時点で感染者20名)では刑務官等の職員、被収容者の集団感染が判明したほか、北海道から沖縄まで全国の複数の刑事施設・警察留置施設において、多数の感染事例が報道等を通じて報告されている[1]。
新型コロナウイルスに罹患した職員の方々、被収容者・被留置者の方々の一日も早い快復を願うばかりである。
厚生労働省が定めた、感染リスクが高まる「5つの場面」において、「狭い空間での共同生活」がその一つに挙げられている[2]。刑事施設・留置施設は密閉された環境であるうえ、被収容者・被留置者(以下、被収容者等という)と刑務官・留置施設職員が密接した環境に日々置かれている状況からみても、まさに感染リスクがきわめて高い環境であると言わざるを得ない。
刑事施設・留置施設において爆発的な感染拡大が生じた場合、被収容者等のみならず、刑務官などの刑事施設職員、警察官などの警察署職員の健康・生命をもおびやかすことになる。そのため、施設内における感染を未然に防止し、彼らの健康・生命を守るためには、被収容者等の人権を尊重しつつ、徹底した感染防止策と感染が拡大したときには緊急の対応策を講じる必要がある。
当センターは2020年4月28日、「刑事施設等における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大を防止し被収容者等及び職員の安全確保を求める声明」[3]を発表し、法務省、警視庁、警察庁等関係官庁に対して、適切な感染防止対策の実施等をお願いしたところであるが、2020年秋以降、刑事施設・警察留置施設における新型コロナウイルスの感染が更に拡大していることを鑑み、早急に以下の措置の導入を求める。
1.感染が発生した施設の全収容者に対する速やかなPCR検査の実施
2.正確な情報の公表
3.感染者に対する適切な医療の提供と感染の拡大防止
詳細は、下記のとおりである。
1.感染が発生した施設の全収容者に対する速やかなPCR検査の実施
職員、被収容者等の感染が発生した刑事施設においては、全ての収容者に対する速やかなPCR検査の実施を求める。
横浜刑務所(2021年2月4日時点で感染者133名)、千葉刑務所(2021年2月5日時点で感染者90名(職員9名、受刑者80名、労役場留置者1名))において、新型コロナウイルスの大規模な集団感染が発生した[1]。これにより、両施設では刑務作業が一律中止となったほか、入浴の中止(拭身への変更)、面会の中止(横浜刑務所)、差し入れ・物品購入の遅延など、被収容者の処遇及び生活環境に多大な影響を及ぼしている。
一般的に見ても、大規模な集団感染が発生したケースでは、感染経路や感染状況を完全に特定することは非常に困難であり、いわゆる無症状者からの感染も社会問題化している。
したがって、集団生活を基本とする刑事施設においては、法務省矯正局が策定した「矯正施設における新型コロナウイルス感染症感染防止対策ガイドライン」[4]の記載にある、「被収容者が感染し,又は感染した疑いが生じた場合」にのみ対策を講じたのでは、もはや手遅れとなってしまうと言っても過言ではない。
厚生労働省は、高齢者や基礎疾患(慢性閉塞性肺疾患(COPD)、慢性腎臓病、糖尿病、高血圧、心血管疾患、肥満)を持つ人が新型コロナウイルスに感染した場合、特に重症化しやすいと指摘2しており、30歳代と比較した場合の各年代の重症化率は、60歳代では25倍、80歳代では71倍とされている。近年、被収容者の高齢化が進む刑事施設においては、特に注意が必要である。
2021年1月、警視庁は、留置施設に収容する予定の全ての人に対し、逮捕後に任意でPCR検査を行う方針を発表した[4]。検査で陽性が確認された場合は、他の被留置者から隔離し、医療機関への引継ぎ等が実施される見通しであり、感染拡大防止の効果が期待されるところである。
報道[5]によると、横浜刑務所では直近1カ月余りで延べ3100件以上のPCR又は抗原検査が実施され、感染防止のため単独室に収容する目的で、受刑者約200名を別の施設に移送したとのことである。このような措置を法務省、横浜刑務所が決断・実行されたことに対しては、心より敬意を表する。
しかしながら、2019年末日時点で、横浜刑務所の全収容者は884名、千葉刑務所は949名であり 、感染の発生が始まった初期の段階で全収容者に対するPCR検査が実施されていれば、今回のような大規模な感染拡大を未然に防げた可能性は大いにある。
職員、被収容者等の感染が確認された全国の刑事施設においては、感染の拡大を待つことなく、感染者の有無を正確に把握・特定し、感染拡大を防止するためにも、全ての収容者に対し、早急にPCR検査を行い、その後の適切な感染拡大措置に早期につなげていただくよう、強く求める。
2.正確な情報の公表
刑事施設において、被収容者の新型コロナウイルス感染が判明した場合は、さらなる感染拡大防止のために当事者の個人情報が特定されない範囲で、当事者の年齢、症状、発症日、陽性判明年月日以降の経過(医療機関への入院や施設内での待機・療養等)、基礎疾患の有無とその詳細について公表することを求める。
2020年10月より、全国の法務省職員及び法務省施設の被収容者の新型コロナウイルスの感染状況が法務省のホームページに掲載されている[8]。
現在のところ、毎週一回ごとに公表されているのは、感染が確認された施設名と、感染者の人数のみである。当事者の年齢や症状、陽性判明年月日以降の経過(医療機関への入院や施設内での待機・療養等)、基礎疾患の有無等については一切公表されておらず、感染者に対する適切な医療措置等が行われたかどうかを、公表情報から知ることはできない。正確な情報が十分な形で公表されない事は、とりわけ大規模な集団感染が発生した刑事施設の周辺住民にとっては不利益であり、また、被収容者とその家族の感染に対する不安を助長する原因にもなりかねない。
集団感染が発生した刑事施設においては、既に自治体・保健所が調査を実施し、感染拡大防止のための対策を行ったとみられるが、少なくともその結果および感染者の療養・治癒の状況については、詳細な情報を正確に公表するべきである。
3.感染者に対する適切な医療の提供と感染の拡大防止
(1)適切な医療の提供
被収容者が新型コロナウイルスに感染した場合、軽症であっても本人の健康状態の把握を適切に行うとともに、適切な医療の提供を速やかに行い、重症化の防止に努めること、さらに、軽症感染者が重症化した場合や重症感染者の発生を確認した場合は、保安・警備等の事情よりも被収容者の人命を第一に考え、外部の適切な医療機関への移送・入院の措置を速やかにとること。
厚生労働省は、PCR検査で陽性が判明した軽症感染者のうち、「高齢者、基礎疾患がある者、免疫抑制状態にある者、妊娠している者」以外の感染者は、自宅又は宿泊施設での安静・療養が望ましいとしており、健康状態の定期的な把握については、「体温、咳、鼻汁、倦怠感、息苦しさ等症状の有無、症状の変化の有無、症状がある場合は発症時期、程度、変化」を1日につき1回聴取することを目安としている[9]。
刑事施設の被収容者がPCR検査の結果、軽症感染者であると判明した場合は、他の被収容者と接触しない単独室での安静・療養を行うものと考えられるが、その場合であっても医療従事者による緻密な観察を実施し、また、パルス・オキシメーターなどを使って本人の健康状態の把握と医療の提供を適切に行い、重症化の防止に努めることが重要である。
また、重症化した感染者や基礎疾患を有する感染者に対しては、施設内で十分な医療を提供することはもちろんのこと、外部の適切な医療機関等への移送・入院の措置を速やかに行うべきである。刑事施設では、医療の保安への従属(警備上の都合で外部の専門医の診療をなかなか受けさせない等)が従来から問題となっており、当センターとしてもその改善を求めてきた[10]が、新型コロナウイルスの感染拡大がより深刻化している現在の状況下でもそのような取り扱いが続くことは、絶対にあってはならない。
(2)感染の拡大防止
ウイルス除去のための手洗い、手指で触れる物品・設備等の消毒に加えて、被収容者に使い捨てサージカルマスク(不織布マスク)を毎日無料で配付し、居室内でも着用を認めること。
現在、刑事施設における被収容者のマスク着用については、認めるかどうかの判断は施設ごとに行っているとみられるが、一部の刑事施設では、冬期にインフルエンザの感染を防止するため、職員と被収容者がサージカルマスクを着用し、一定の効果を上げている[11]。
密閉空間、密集場所、密接場面になりやすい共同室に収容される被収容者にとっては、飛沫によるウイルス感染を防止するため、マスクとりわけサージカルマスクの着用はきわめて有効な感染防止対策である。また、心身の不調等により、居室内でのマスク着用が困難な被収容者については、単独室に収容する等、本人の事情を考慮した柔軟な対応を求める。
刑事施設等において、新型コロナウイルスの集団感染がひとたび発生すれば、施設側の管理責任が厳しく問われるだけでなく、矯正処遇や刑事処分を適切に行うことが困難となり、我が国の刑事司法制度の運用に重大な影響を与えることとなる。
当センターは刑務所や拘置所、警察留置施設に対し、新型コロナウイルスのさらなる感染拡大防止に向け、以上に述べた適切な措置を速やかに講じるよう強く求めるものである。
以上
[1]カナロコ「横浜刑務所で新たに14人感染 累計133人に」2021年2月4日
http://www.kanaloco.jp/news/social/article-388821.html
千葉日報「千葉刑務所、新たに10人感染 計90人に【コロナ関連情報】」2021年2月6日
https://www.chibanippo.co.jp/news/national/762497
NHK「道内各地の感染者情報 6日」2021年2月6日
https://www3.nhk.or.jp/sapporo-news/20210206/7000030322.html
[2]厚生労働省「(2021年1月時点)新型コロナウイルス感染症 の“いま”についての 10 の知識(※2021年1月29日掲載)」
https://www.mhlw.go.jp/content/000731162.pdf
[3]監獄人権センター「「刑事施設等における新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大を防止し被収容者等及び職員の安全確保を求める声明」(2020年4月28日)
http://www.cpr.jca.apc.org/archive/statement#1233
[4]法務省矯正局「矯正施設における新型コロナウイルス感染症感染防止対策ガイドライン【改訂第3版】(概要)」(令和2年11月12日)
http://www.moj.go.jp/content/001321399.pdf
[5]朝日新聞デジタル「警視庁、全逮捕者に任意のPCR検査 留置中の感染多発」2021年1月15日
https://www.asahi.com/articles/ASP1H62WQP1HUTIL01T.html
[6]カナロコ「感染急拡大の横浜刑務所 受刑者2百人、異例の外部移送」2021年2月7日
http://www.kanaloco.jp/news/social/article-391565.html
[7]矯正統計「施設別 年末収容人員」(2019年)
http://www.moj.go.jp/housei/toukei/toukei_ichiran_kousei.html
[8]法務大臣閣議後記者会見の概要(令和2年10月2日(金))で発表
http://www.moj.go.jp/hisho/kouhou/hisho08_00127.html
[9]厚生労働省「軽症者等の療養に関する対象者等の基本的考え方について」 (2020年4月2日時点)
https://www.mhlw.go.jp/content/000618529.pdf
[10]監獄人権センター「矯正医療の在り方に関する有識者検討会報告に関する声明」(2014年3月3日)
http://cpr.jca.apc.org/archive/statement#1210
[11]刑政「刑事施設におけるインフルエンザの予防的・総合的対策」(2019年11月号)