長野刑務所における障がい者に対する重大な虐待差別事件の発生を踏まえ、その責任者の責任の究明とその再発防止を求める声明
2023年12月20日
NPO法人監獄人権センター
第1 弁護士による申し入れ
当センターに所属する三名の弁護士は12月18日、次の趣旨の申し入れを法務省矯正局長に対して行った。
1 刑務所の新入訓練担当職員である赤沢氏が、受刑者A氏に対して、同人に障害があることを理由として、昼食を与えない、耳元で拡声器を使って怒鳴る、という虐待を行った事実が認められました。速やかに調査した上、赤沢氏に対し、厳正なる処分を行ってください。
2 赤沢氏による虐待行為について見聞した受刑者B氏が、そのことを外部に知らせる手紙を出そうとしたところ、長野刑務所が、手紙の該当部分を黒塗りにしたり、手紙の発送手続を行わず放置したり、不合理な理由で発送を差し止めたりして外部交通を妨害し、我々の調査を含めて組織的に虐待を隠蔽しようとした事実が認められました。速やかに、長野刑務所の取り扱いが適正であったか否かを調査し、関係者に対し、厳正なる処分を行ってください。
3 刑務所職員に、受刑者虐待を防止するための研修を行ってください。とりわけ、障がいのある者を含めた全受刑者が、職員による虐待や障がいを理由とする差別的扱いなど不適切な取り扱いを受けた場合に、それを迅速に発見し適正に自浄作用を働かせるための、障がいのあるものにも利用可能な不服申立制度の整備、刑事施設視察委員会の実効性の強化など実効性あるシステムを構築してください。
4 虐待を受けた受刑者及び虐待について報告したり、当職らが聴取を受けたりした受刑者が、爾後、調査に協力したことを理由として、不利益取り扱いを受けることのないよう、充分にご配慮ください。
第2 赤沢氏による受刑者A氏に対する虐待の事実経緯
(1)長野刑務所の刑務所職員赤沢氏は、新入訓練工場の担当者です。赤沢氏は、新入訓練工場の受刑者らに対し、行進のやり方や、「気をつけ」の姿勢の取り方などを厳しく指導しています。例えば行進では、前に90度、後ろに60度の角度まで腕を上げなければならないこと、一定の早さで歩くこと、「気をつけ」の姿勢では肩をすくめるような格好を取らなければならないこと等を強制し、高齢や障がいなどのために、うまく出来ない者や早く歩けない者を厳しく叱責するという指導方法を取っています。
(2)受刑者A氏は、2023年6月1日から6月15日までの2週間、赤沢氏が担当をつとめる新入訓練工場に所属していました。A氏には、精神障害と身体障害があり、歩幅が小さく大股で行進することが難しく、自分の呼称番号と名前を訊かれた際に適切に回答することも難しいという特質があります。
(3)赤沢氏は、A氏が呼称番号と名前を適切に回答できないことを知りながら、他の受刑者には訊かないのに、わざと昼食前にA氏に呼称番号と名前を言うことを要求し、言えないとA氏を昼食の席に着かせず食べさせないという虐待を繰り返し行っていました。このため、A氏は新入訓練の期間中、昼食を食べることができたのは数回という状況でした。また赤沢氏は、このA氏に対し、殊更に厳しくあたり、「とっとと歩け!」などとA氏の耳元でメガホンを使って大声で怒鳴りつけるという暴行を繰り返し行っていました。赤沢氏はもともと声が大きく、耳元でメガホンで怒鳴りつける行為は、鼓膜の損傷、難聴、PTSDなどを引き起こしかねない重大な暴行でした。
(4)弁護士小竹広子は、長野刑務所関係者より赤沢氏による虐待行為を含む長野刑務所の人権状況を耳にしたことから、2023年10月24日付で長野刑務所視察委員会宛に意見提案書を送付しました(資料1)。その後、2023年12月13日・14日の両日、長野刑務所において小竹が受刑者と面会して聴取したところ、A氏と同じ時期に新入訓練を受けていた受刑者C氏は、2週間のうちA氏が昼食を食べられたのは数回ではないかと述べました(資料2)。またA氏と1週間のみ一緒に新入訓練を受けていた受刑者D氏も、A氏が昼食時間にいなかったことが何度かあったと述べました(資料3)。また両名とも、赤沢氏がメガホンを使ってA氏の耳元で怒鳴る行為を繰り返していたと述べました(資料2,3)。A氏自身は、精神障害によるものか、小竹に対し、自身がパリの学校に入っており卒業がいつかわからないと話していました。しかし、新入訓練で「おあずけにされた」ことがあり昼ご飯が食べられなかったことがあったこと、拡声器で怒鳴られたことを話しており、「パリの学校にいる」という認識自体が、あまりにもつらい経験から逃避したいという精神症状であることが強く疑われます(資料4)。
(5)なお、B氏からは、A氏以外にも高齢の受刑者が新入訓練時に赤沢氏から昼食を食べさせない虐待を受けたとの情報提供も受けました。12月14日、小竹はB氏がその話を聞いたというE氏と面会してお話を伺いました。E氏の話では、11月2日から11月8日頃までの間に、E氏が新入訓練で一緒だった高齢の受刑者F氏(たまたま同姓であるがF氏とは別人)が、身体がついていかずモタモタしていたために赤沢氏の指示で昼食を食べさせてもらえないことがあったとのことでした(資料5)。従って、赤沢氏は、指示通りの動きが出来ない障がい・高齢の受刑者に対して、同様の虐待行為を繰り返しているものと考えられます。
第3 受刑者B氏に対する不当な外部交通妨害の事実経緯
長野刑務所の受刑者B氏は、新入訓練中の受刑者が担当職員から怒鳴られているところを自ら目撃したこと、C氏及びD氏から赤沢氏による受刑者A氏に対する虐待行為を聞き及んだことから、問題であると感じ、その事実を手紙や請願書に書いて長野刑務所の外部に知らせようと試みました。
ところが長野刑務所は、以下のとおり、B氏からの手紙の該当部分を黒塗りにする、手紙自体の発出を行わず放置する、不合理な理由で発出を差し止める、という外部交通の妨害を行いました。
以下の日付はいずれも2023年のものです。
(1) 母親宛の手紙
7月21日 B氏が発送願い出
7月25日 刑務所職員より虐待に触れた部分の書き直しを求められたがB氏は拒否した。すると、以後、発送手続がされないままとなっていた。
9月12日 B氏が発送されていないことに気づき、長野刑務所長に複数の手紙等の発送がされていないことにつき苦情申出。
→虐待に触れた部分が黒塗りされて発送された。黒塗りの理由は「刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれがある」というものであった。
(2) 法務省矯正局長への請願書(資料6)
7月14日 B氏が発送願い出
7月21日 「請願書の作成にA4事務用箋の使用を認めない」との理由で発送を差止められ請願書が返戻された。その際、職員(第14工場担当職員)は7月14日にB氏が書いた「発送願」と「宅下げ願」の願箋を持ってきて、それぞれ欄外の白い部分にB氏の指印を押捺させた。その後、同職員は勝手に願箋に「この申請を取り下げます」と記載しB氏が取り下げたかのような体裁を整えたと思われる。
7月23日 B氏は東京矯正管区長宛に審査の申請
7月26日 B氏は請願書の作成にA4事務用箋を使用させない措置について長野刑務所長に苦情申出
9月26日 東京矯正管区長は審査の申請を却下(資料7)。B氏が「書面の発信の申請を取り下げた」ことから書面の発信を制限する措置を執ったものとまでは認められないとされていた。
9月27日 長野刑務所長は苦情申出に対し請願書の作成にA4事務用箋の使用を認める決定を告知
10月10日 B氏は再審査を申請
(3) NHK長野県警記者クラブ宛の手紙
7月28日 B氏が発送願い出
9月12日 B氏が発送されていないことに気づき苦情の申出
9月13日 発送差止の告知が口頭でされた。理由は「刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれがある」
9月19日 B氏が東京矯正管区長へ審査の申請
10月31日 東京矯正管区長は審査の申請を棄却(資料8)。理由は「本件信書には、全般にわたって、同所職員による他の被収容者に対する虐待事案に係る、事実ではない情報の記載があると認められるところ、本件信書を発信させた場合、当該情報が事実であるかのように流布されるなどし、同所が不適切な処遇をしているなどとする非難が同所被収容者、その関係者等に伝播することにより同所の処遇に対する信頼が失墜し、同所の運営等に支障を生ずることとなり、その結果として同所の規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれがあるといえるから、本件措置を執ることが相当であるとした処分庁の判断に合理性を欠く点は認められず、法129条第1項第3号の規定に基づいて執られた本件措置に違法又は不当な点は認められない。」
(4) 冤罪犠牲者の会事務局長なつし聡氏宛の手紙
8月4日 B氏が発送願い出
9月22日 発送差止の告知が口頭でされた。理由は「刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれがある」
9月30日 B氏が東京矯正管区長へ審査の申請
11月10日 東京矯正管区長は審査の申請を棄却(資料9)。理由は(3)と同様。
(5) 監獄人権センター宛の手紙
8月25日 B氏が発送願い出
10月2日 発送差止の告知が口頭でされた。理由は「刑事施設の規律及び秩序を害する結果を生ずるおそれがある」
10月6日 B氏が東京矯正管区長へ審査の申請
11月10日 東京矯正管区長は審査の申請を棄却(資料10)。理由は(3)と同様。
第4 弁護士による面会の妨害
1 弁護士小竹広子(第二東京弁護士会所属)および弁護士海渡双葉(神奈川県弁護士会所属)は、本件について関係者らと面会して事情を聴取するため、2023年12月13日に長野刑務所に来所することに決めた。そこで、同弁護士らは、あらかじめ同年11月16日に、長野刑務所所長宛てに上申書を送付し、12月13日午後にB氏に面会に伺うこと、刑務所の処遇内容についての法律相談のため立会人を同席させずに面会をさせて頂きたいこと、遠方から行くため頻繁に足を運ぶことに制約があることから時間制限を設けずに1~2時間程度の面会をさせて頂きたいこと等を伝えていた。
しかし、その後に、12月1日に突如、長野刑務所側からB氏に仮釈放の申告書が渡され、仮釈放申告の手続が始まった。このタイミングで仮釈放の話が出てくるのはおかしく、B氏から同弁護士らに対して、同弁護士との面会が妨害されるのではないかと心配する手紙が届いた。
そして、同弁護士らが、当日12月13日の午後1時に面会の受付をしたところ、更生保護委員会の面接中であるとして、刑務官から「少なくとも面会できるのは2時以降となる。」と伝えられた。そのため、同弁護士らは1時間以上も待合室で待ち続け、聞き取りに費やせる時間が減ってしまう結果となった。弁護士海渡双葉は、B氏との面会の途中で、帰りの新幹線の時間の都合で途中退席を余儀なくされた。弁護士小竹広子は、他の関係者からも聞き取りをする必要性を感じて、帰りの新幹線をキャンセルし、翌日の予定も変更して、長野に宿泊して翌日も聞き取りに当たった。
2 同弁護士らが長野刑務所所長に対して、面会予定の日程と、遠方から長野刑務所を訪れる形となることをあらかじめ伝えておいたにもかかわらず、あえて、その当日12月13日午後に地方更生保護委員会の面接を設定するというのは、同弁護士らによる面会を妨害する意図と評価するほかない。長野刑務所が組織的に虐待を隠蔽しようとしたものと考えざるを得ない対応である。
第5 本件人権侵害の重大性と求められる緊急の対策
1 本件人権侵害の重大性
(1)赤沢氏という一職員が、障害のある受刑者に対し、障害によって出来ないことを殊更に叱責し、耳元で拡声器を使い怒鳴るという暴行を加え、昼食を与えないという虐待を行っていた。
(2)虐待を問題と感じ外部に知らせようとした受刑者の発信を、長野刑務所が組織的に妨害し事実を隠蔽しようとした。
(3)東京矯正管区が、B氏からの審査の申請に対して虐待事実の有無を調査・確認しないまま、事実ではないと断じて、信書の発信差止を正当化し、審査の申請を棄却して、事実の隠蔽に加担した。
当職らは、こうした一連の経緯から、長野刑務所に自浄を期待することは出来ないと考え、矯正局に対処を求めた。
2 第三者委員会の審議の過程で起きていた
本件の人権侵害は2022年末に名古屋刑務所における障がいを有する複数の受刑者に対する人権侵害が明らかになり、法務大臣の指示により第三者委員会が立ち上げられ、その再発防止策が議論され、その提言書が6月21日に公表される前夜に発生していた事件である。
今もなお、刑務所において障害者への虐待が行われたことは、極めて重大かつ衝撃的なことといわなければならない。しかし、それにもまして私たちが重視することは、このような重大な人権侵害が多数の受刑者と職員が見ている中で衆人環視の状況で敢行されたにもかかわらず、これを止めた同僚、幹部職員がいなかったということである。
さらに、このような人権侵害を目撃した受刑者らが、必死の思いで、このような事実を外部に通報しようとした行為について、長野刑務所当局は、更にその事実を組織的に隠蔽しようとしたことは、人権侵害を容認し、隠ぺいする体質が組織の全体に浸透し、これに対する自浄作用が全く働いていないことを示している。
第6 監獄人権センターの緊急提案
1 赤沢氏に対し、厳正なる処分を行ってください。
2 赤沢氏による虐待行為について外部への連絡を妨害したり、当職らの面会を妨害したものなど、組織的に虐待を隠蔽しようとした事実について、速やかに、長野刑務所の取り扱いが適正であったか否かを調査し、関係者に対し、厳正なる処分を行ってください。
3 刑務所職員に、受刑者虐待を防止するための研修を行ってください。
4 障がいのある者を含めた全受刑者が、職員による虐待や障がいを理由とする差別的扱いなど不適切な取り扱いを受けた場合に、それを迅速に発見し適正に自浄作用を働かせるための、障がいのあるものにも利用可能な不服申立制度の整備、刑事施設視察委員会の実効性の強化など実効性あるシステムを構築してください。
5 虐待を受けた受刑者及び虐待について報告したり、当職らが聴取を受けたりした受刑者が、爾後、調査に協力したことを理由として、不利益取り扱いを受けることのないよう、充分にご配慮ください。
6 虐待を受けた受刑者は、このような虐待行為によって心身に深い傷を負っているものと推察されます。私たちの訴えが事実であると確認された暁には、当該受刑者に対して、心身の健康状態をチェックし、懇切な処遇を行うよう強く求めます。
以上