留置施設においても被留置者に十分な医療が提供されること、医療体制が欠如している留置施設を被勾留者の拘禁施設として使用する代用監獄制度の廃止を求める声明
2023年3月17日
NPO法人監獄人権センター
国内各地の警察留置施設で、被留置者の死亡が相次いでいる。
2022年12月4日には愛知県岡崎警察署の留置施設で、勾留中の40代の被留置者が死亡した。発表された死因は腎不全であった。男性は延べ140時間以上にわたり保護室でベルト型の手錠や捕縄で手足を縛られていたほか、幹部を含む複数の署員から暴行を受けていた。
この被留置者には統合失調症と糖尿病の持病があったが、留置担当は糖尿病の薬を飲ませておらず、医師の診断も受けさせていなかった。保護室では、「男性の後頭部が保護室のトイレに入り込んだ状態で放置されていた」と報道されている。のどが渇き、縛られた状態で水を飲もうとしていたのではないかと推測される。
さらに、2022年12月17日には大阪府浪速署で、勾留中の40代の男性が死亡した。浪速署に12月14日に逮捕・勾留された男性は、逮捕時に持病がある旨を伝え、15日朝に医療機関での受診を希望したものの、同署は、男性に発熱等の症状がなかったため病院には連れて行かなかった。その後、自傷行為等があり、16日未明と17日朝に男性を保護室に収容し、計約4時間、ベルト手錠と捕縄で体を拘束した。17日午後3時50分ごろ、男性が呼吸しておらず、脈が確認できなかったため病院へ搬送し、同日午後5時ごろに死亡が確認された。
浪速署は19日、司法解剖の結果、臓器に血液の滞留などはみられたが、詳しい死因は判明しなかったと発表した(2022年12月18日朝日新聞デジタル、2022年12月19日朝日新聞デジタル)。
東京・新宿警察署の留置施設では、2017年3月、ネパール人被留置者のアルジュン氏が、朝の布団収納時のトラブルから保護室に収容され、戒具できつく拘束され、翌日、腰と手足首を拘束されたまま車椅子で検事調べに押送され、取調開始時に拘束を解かれた直後に死亡するという事件が発生し、遺族が国家賠償訴訟を提起している。
この裁判で明らかにされた保護室収容時の映像には、アルジュン氏がネパール語で「痛い、苦しい、だんなさま、許してください」と懇願しているにもかかわらず、留置担当官をはじめ署員16人で取り囲み、戒具を装着する姿が映っていた。本年3月17日には、この事件について東京地裁で、警察の措置が違法であり、アルジュン氏の遺族の請求を認める判決が下された。
過去約一年半の期間に限定しても、留置施設における死亡例は、岡崎署と浪速署を含め、公表されているだけで14件(他に未報道のケースが1件確認されている)に及んでいる。
しかし、死因は不明と公表され、続報のないものが多数である。その中には、保護室に収容されていたと思われるケース(沖縄県浦添署)、熱中症が疑われるケース(京都府京丹後署)なども含まれている。
監獄人権センターは、東京・渋谷警察署で被留置者が結核に感染して死亡し、多数の署員も感染していた事が明らかになった際に公表した「渋谷警察署での署員19名の結核集団感染に関して徹底調査と再発防止を求める声明」(2016年5月9日)において、次のように述べた。
「留置施設は,本来,逮捕から勾留決定がなされるまでの比較的短い期間,被疑者を留置するための施設であって,裁判官による勾留決定後は刑事施設(拘置所)において勾留するのが原則である。しかし,実際には,刑事施設に代えて,留置施設において勾留する取扱いが常態的になされており,こうした「代用監獄」(現在の法令では「代用刑事施設」)制度は,古くから違法な取調べの温床として国内外において厳しい批判に晒されてきたところである。
ここでの問題は,留置施設は,比較的短期間の収容を本来の目的とする施設であるために,医療体制が整っていない点にある。留置施設には,非常勤も含めて医師その他の医療専門職員は配置されておらず,したがって,拘置所であれば必ず実施される入所時の健康診断も行われない(刑事収容施設及び被収容者等の処遇に関する法律61条1項,同法200条1項参照)。死亡男性が代用監獄ではなく拘置所に移送されていれば,入所時の健康診断において結核が発見されていた可能性が高い。
もっとも,留置施設では,被留置者に対して,おおむね1カ月につき2回,留置業務管理者が委嘱する外部の医師による健康診断を行うこととされている(同法200条2項)。ただし,留置施設には医療設備が存在せず,もちろん胸部エックス線検査を行うことはできない。死亡した男性は,2015年1月22日から2月11日までの21日間に渡り,当該留置施設において留置されていたのであり,法令にしたがった運用を前提とすれば,少なくとも1回は健康診断を受けていたはずである。しかし,公表されている事実経過からは,健康診断においては進行した結核の症状が見落とされていたと考えられ,これは,留置施設における健康診断のあり方に深刻な疑念を抱かせる事実である。」
また、国連の拷問禁止委員会は2013年に、「起訴前拘禁におかれたすべての被疑者に独立した医療的援助を受ける権利等を保障すること」などを勧告している。
以上の点を踏まえ、監獄人権センターはあらためて、次の3点を求める。
1 留置施設における保護室収容と拘束具の使用について、厳格に法令を守り、不必要で恣意的な使用を根絶するべきである。
2 医療体制の整っていない留置施設に、留置期間を超えても被留置者の拘禁の継続を認める代用監獄制度の廃止を求めるとともに、短期間の留置期間においても、被留置者に対し、社会において提供されている医療と同等の医療が提供される仕組みの確立を求める。
3 留置施設において相次いでいる多数の死亡事案等について、警察組織から独立して包括的な調査を実施し、調査結果に基づいて再発防止策を提言できる永続的なシステムの確立を求める。一時的なものであっても、警察組織から独立した機関の設立を求める。
Annex:
以下は、上記に指摘した岡崎警察署、浪花警察署の二件以外に、2021年10月以降、今日までの約一年半の期間に報道されている警察留置施設における死亡例(問題の性格が異なる自殺とされている例を除いた。多数の自殺の未然防止についても、重大な課題であるが、この声明では扱わない)についての報道内容である。なお、日弁連が定期的に開催している留置施設視察委員会弁護士委員の連絡協議会で、2023年に警視庁王子警察署において、留置施設における死亡例があることが報告されている。
事案1:(2021年10月21日毎日新聞) 2021年10月21日 大阪府南署で取り調べ中の30代男性が死亡
逮捕後、10月18日に腹痛を訴え病院に搬送され、診察した医師により留置に耐えられると判断された。同日夜には、胸を押さえ「心臓が止まりそう」と話していた。20日午後3時ごろから取り調べを開始したが、男性が動かなくなり、救急搬送し、その日の夜に死亡が確認された。
事案2:(2022年2月3日FNNプライム) 2022年2月3日 静岡中央署に勾留中の80台の男性が死亡
男性には持病があり、留置施設内でも医師から処方されていた薬を服用していた。前日の就寝時までは大きな異常はなかったが、2月3日朝、警察官が男を起こそうと声をかけたものの反応がなく、その後死亡が確認された。
事案3:(2022年2月25日西日本新聞)2022年2月22日 鹿児島南署に勾留中の20代男性が死亡
2月22日朝、脱衣所で転倒し頭部打撲で病院に搬送されたが、異常なしとの診断だった。同日午後5時30分ごろ留置場内のトイレで意識を失い、その後、胸の痛みを訴えた。署員による経過観察中に意識不明となり救急搬送、午後7時ごろ死亡した。24日の司法解剖の結果、頭部打撲と死因には関連がないとされた。
事案4:(2022年3月24日琉球新報)2022年3月23日 沖縄県浦添署に勾留中の50代男性が死亡
23日午後4時30分ごろ、留置場にいた男性が大声を出し暴れていたため、午後5時10分ごろ、警官が男性に手や足の行動を抑える用具を付けた。その20分後、意識不明になり、救急搬送されたが、午後8時43分に死亡した。死因は不明。
事案5:(2022年7月4日朝日新聞デジタル、2023年2月17日ABCニュース) 2022年6月30日 京都府京丹後署に勾留中の60代女性が死亡
6月29日午後8時ごろの署員の声掛けには反応があったが、30日午前7時すぎの呼びかけには応答がなく、その後、死亡が確認された。当時、同署のエアコンは故障し、移動式のエアコンを使っていた。
死因は熱中症とみられ、施設の管理や医療措置を怠った疑いで2023年2月17日、警察署長ら4人が書類送検された。
(京都地方気象台によると、京丹後市では29日に最高気温33・3度を記録、翌30日午前3時ごろまで気温が25度を上回っていた)
事案6:(2022年7月25日NHK NEWS WEB、2022年7月27読売新聞オンライン)2022年7月25日 大阪府八尾署にて65歳の女性が取り調べ後に死亡
7月24日に地域包括支援センター職員からの110番通報により八尾署の署員が駆け付け、死亡した母親と女性を発見した。女性は脱水症状のため病院で治療後、25日午前2時50分に逮捕した。取り調べ後の同日午前4時30分頃、女性の様子がおかしく、病院に搬送されたが死亡した。
事案7:(2022年8月4日産経新聞) 大阪府住吉署にて勾留中の40代男性が死亡
(8月4日に大阪府警住吉署が公表したが、死亡日時は不明)勾留していた40代男性が、体調を崩し搬送先の病院で死亡した。
事案8:(2022年9月20日産経新聞)2022年9月20日 宮城県仙台北署にて勾留中の59歳の男性が死亡
9月20日、午前9時5分ごろ署員が声をかけた時には返答があったが、午前9時20分ごろ、巡回中の署員が居室であおむけに倒れ息をしていない男性を発見。病院に搬送後、死亡が確認された。外傷や体調不良の訴えはなく死因は不明。
事案9:(2022年10月30日産経新聞、2022年11月1日伊勢新聞) 2022年10月30日三重県伊勢署にて勾留中の40代男性が死亡
10月30日午前7時20分ごろ、起床後に布団を片付ける途中で意識を失い、搬送先で死亡した。伊勢署は、10月31日、司法解剖の結果、男性の死因は肺動脈血栓塞栓症と公表した。男性には持病があったが、必要な投薬はしており、死亡との直接の因果関係はないとみて、調査を行っている。
事案10:(2022年12月1日産経新聞) 大阪府西成署にて勾留中の47歳男性が死亡
(産経新聞には死亡日の記載はないが、別の媒体にて12月1日未明死亡とあり:https://www.gaccom.jp/safety/detail-987497)
11月30日に逮捕され、西成署に勾留中の47歳男性が意識不明の状態で発見され、搬送先の病院で死亡が確認された。
事案11:(2022年12月18日TBS NEWS DIG) 2022年12月17日 大阪府警浪速署で勾留中の40代男性が死亡
12月14日に覚醒剤取締法違反の疑いで逮捕され、浪速警察署で勾留されていた40代の男性警察署内で勾留していた40代の男性が、17日午後に死亡した。死因は未公表である。
事案12:(2023年1月23日神戸新聞NEXT、2023年1月23日ABCニュース) 2023年1月22日 兵庫県甲子園署にて勾留中の39歳男性が死亡
2022年10月に逮捕され、2023年1月2日、12日に血の混ざった嘔吐をして、病院に搬送されたが、「経過観察」の診断を受けたため、留置場に戻された。1月22日午後4時すぎ、署員が心肺停止の勾留中の男性を発見し、病院に搬送したが、およそ3時間後に死亡した。心肺停止で発見される15分ほど前には、男性は座った状態で壁にもたれかかり、署員の声かけに対し、反応がなかったが、体調確認などはしていない。
以上